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2012年春~ 読んだり、観たり、あいかわらずときどき更新します。               「三咲光郎ホームページ」(2002~)が引越ししてきました。
ひとつの文化
2019年の初めに、ショックなニュースが。

天牛堺書店が破産して全店舗閉店と。

新刊と古書を併設して売っていた。
ワゴンに並んだ安い文庫本をずうっと眺めて、
自分のアンテナに引っ掛かるものを見つける楽しみは、何十年来の生活習慣の一部だったのに。
そういうおっちゃんがいっぱいいる。

探すのはネットが圧倒的に便利だが、
予期しない出会いは、店頭のワゴンで、だった。

大阪南部の活字文化のかたちが、
ひとつ滅びてしまったか。
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『終戦』覚書
「季刊文科」76号に、『終戦』を載せていただいた。

記録を見ると、初稿は、2006年8月。
以来、幾度も書き直し、題名も変え、
文学賞に応募して最終候補に入ったり、
出版社の人に読んでもらったり、
紆余曲折試行錯誤、
ようやく『終戦』34枚となった。

知人に、コラージュをつくる人がいる。
いろんな写真からいろんな部分を切り取って、1枚の画用紙に貼り混ぜる。
新しいひとつの世界があらわれる。
拙作ではその手法をいただいた。
元の写真が持っていた世界は失われ、素材として加工されるので、歪められてしまう。
そんな問題も孕んでいる作品かな。
ゆく年2018
もう師走か。
一年がもう終わるか。
おそらく誰もが感じている驚きと感慨を覚えました。

今年は、春に仙台へ行ったことが、私には大きな出来事、ご褒美? だった。
岸ノ里玉夫の受賞後第一作も、夏には勝手に書いてしまったが、
三咲光郎も『季刊文科』さんに短編を載せていただいて、
短編を試行錯誤する愉しみが多い一年だった。

災害の一年でもあった。
台風24号は凄まじかったな。
いまも屋根にブルーシートを被せたままの家屋が数多くある。

ウィリアム・フリードキンの『キラー・スナイパー』(2011)を観る。
アメリカ南部の貧しい白人家庭を舞台にした犯罪ドラマ。
これをブラック・コメディというのだから、アメリカ人は笑いながら観るのか?
ジム・トンプスンっぽい世界観。
現大統領の支持基盤はこんな感じか、と思いつつ。
原題は『殺し屋ジョー』
演じるマシュー・マコノヒーは適役。
観かけている『トゥルー・ディテクティブ』もそうだが、存在感があるというか、
ひっぱり気味の演技が陰鬱な犯罪ドラマにぴったり。
近未来大阪
一夕、近くに出て、時間があったので、
道頓堀を歩いてみた。
若い頃は地元民の街だったけれど、
今は観光地、なのであまり行かない。
久し振りにのぞくと、やはりさまざまな国の人たちが、スマホをかざして往き来している。
店構えも含めて、シンボリックな無国籍な感じ、
いや、無国籍ではなく、国際観光地として育ちなおした街になっている。

太左衛門橋の木の欄干に腕を置いて、外国人観光客に交じって、戎橋のほうを眺めた。
遊覧船が往復し、
日本橋詰めでバスを降りた団体客が遊歩道をぞろぞろ歩く。
戎橋は一昔前は夜になると客引きのホストのお兄さんが居並んで異様な空気の頃もあったが、
今はグリコおじさんを背に写真を撮る人々で大混雑。

私は、愛読書『近代大阪』の著者、北尾鐐之助になった気分で、界隈を散策した。
昭和初期にモダン大阪の街を彷徨した北尾先生も、
この近未来な、『ブラック・レイン』的なミナミを見れば唖然とするだろうな。
世界からここへ人が集まるのは、ここが安全で平和だから。
地元民としても、しあわせな気分になる。

メガミ覚書
『季刊文科 75号』に
『メガミ -「私」についての考察Ⅱ-』を載せていただいた。

初稿は万年筆の手書き。昭和59年の作。まだワープロ専用機すらなかった学生時代の作だ。
『九相詩絵巻』に想を貰い、石山合戦の資料や『雑兵物語』などを参考にした。
書いているときは壁にムンクの『マドンナ』のポスターを貼っていた。

当時、友達に読んでもらったら、
「訳わからんわ」とバッサリ。
やむなく眠らせていたが、後年、フォークナーの『響きと怒り』を読むと、
『メガミ』と同じ試みをしている!
巨匠もやってるじゃないか!
だったら私もいつかもう一度、と。

この数年、ワープロ原稿に起こしながら、試行錯誤していたが、
かたちになった、と思い、載せていただいた。

三十数年越しの三十数枚。
でもやっぱり、訳わからん?